子供の時、夏休みなどには朝から晩までプラモデルを 作って遊んでいました。
そして現在でも我々大人をターゲットにしたガンダムのプラモデルが発売されてます。
わかっていてもついつい買ってしまうのが ガンダムオタクです(汗)。
少し話が変わりますが、現在は、プラモデルに限らずガンダムの版権(商品化権)は
(株)バンダイが持ってますがもともとは クローバーという
玩具(超合金)メーカーがもっていました。
そのクローバーのおもちゃ(超合金シリーズ)が売れなかったそうです。
小さな子供にとっては小難しいストーリーで、内容がわかる高学年の子供にとっては
幼稚な超合金ということでスポンサーの超合金はさっぱり売れず
(プラモデルなら売れたかもしれませんね)、
視聴率も低迷し遂に全52話の予定だったものが1980年の1月に43話で
打ち切りになってしまいました。
普通ならばアニメ作品の「機動戦士ガンダム」はここで終わり、ガンプラも
誕生することなくプラモデルというヒット商品は存在せず、
我々第2次ベビーブーマーは、ガンプラを知らずに成長していったことでしょう。
しかし、その後に驚くべき展開となります。
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| ■ガンダムのプラモデル誕生■ |
TVアニメの放送終了から5日後の2月1日、異例とも言える(株)バンダイの公表が
ありました。「機動戦士ガンダム」の版権を (株)バンダイが買い取ったのです。
公表のあったその月には、ガンダムの映画化案とガンダムのプラモデルの1/144の
原図が着々と準備されていたのですから(株)バンダイの先見性には驚かされます。
1980年7月、最初の記念すべきプラモデルとして、
「1/144 ガンダム」が発売されました。ガンプラ第1弾です。
以後、10年で600万個の売り上げを記録したヒット商品です。
同年8月、プラモデル雑誌のご本家「※月刊 ホビージャパン」に
初めて「ガンプラ特集」が掲載され、事実上ガンダムのプラモデルが
世間に認知されたことを意味しています。
同年9月、プラモデル第2弾として、
「1/144 シャア専用ザク」が発売されました。このプラモデルも以後、
10年で300万個の売り上げを記録した、ガンプラですが
しかも敵方のキャラクターのプラモデルがヒットしたというのが
異例のことでした。
ガンダムの再放送とガンダムのプラモデルのCMにより とにかく、1980年から
(株)バンダイより発売される数々の種類のガンダムのプラモデルが、売れに売れて
社会現象とまでなりました。ご多分にもれず私もプラモデルが入荷される店には
¥300をもってお店の前で並んだ記憶があります。
一通りのメカ(MS)が商品化されると、ボツとなっていた下書き段階の
MSまでガンプラとして商品化されることとなり、特に「アッグガイ」という
プラモデルは約80万個を売り上げたプラモデルです。
ちなみに 私もこのガンプラを買ってました(笑)。
番組に出てこなかったプラモデルですら、ガンプラとして売れるのですから
当時のガンダムのプラモデル人気の過熱ぶりがいかがなものだったか
お分かりいただけたとおもいます。
これを「ガンプラ ブーム」と言うようになりました。
また、アニメ作品(映画や再放送)がプラモデルに
人気をつけて、プラモデルが、
アニメ作品の人気に拍車をかけ相乗効果を生み出していくこととなったのです。
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| ■現代のガンダムのプラモデル■ |
1980年代のガンダムのプラモデルブームを 「第1次 ガンプラ ブーム」と
いわれるのに対して「第2次 ガンプラ ブーム」といわれる時期があります。

それは、第1次ガンプラ ブームを
経験している我々、大人のための
ガンダムのプラモデルのブーム
なんです。
1999年より、発売された
MG(マスターグレード)シリーズ
がその火付け役となりました。
それまでに多くのプラモデルがありましたがMGシリーズが
他と大きく異なるところは従来のプラモデルは子供でも比較的作りやすく
設計されていましたが、それを一転し、子供向けではなく大人の為のガンプラという
プラモデルなのです。もちろん、また私はこのガンプラを買いました。(笑)
(↑のガンプラ画像は私が作成したものです。)
とにかく、子供の時に作っていたガンダムのプラモデルよりも
現在の造型技術は進んでいて、ここまでこだわるかという驚きが多々ありました。
また、特にMGのガンダムのプラモデルではプロジェクトに
参加してるメカニックデザイナーのカトキ・ハジメ氏によって25年以上も
昔のデザインを多少リメイクして洗練されたデザインとなってます。
とはいえ、私のプラモデル製作の楽しみは、子供の誕生と同時に一旦、
お預けとなりました。やっぱり、シンナー臭とか気をつけないとだめなので
製作は老後にとっておくことにします。
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